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死役所|あずみきし

『死役所』の雑感

職場の方が、あずみきし『死役所』という漫画を貸してくれました。
マンガはあまり読まないのですが、わりと尊敬している方が声をかけてくれたので、読んでみることにしました。

夜中の2時までかけて8巻まで一気に読みました(2018年3月現在10巻まで出ています)。
丁寧につくられていて、作品全体の視野も広く、視点も多様性があるように感じました。

いい作品と出会うと、いつも考えます。
「おもしろい作品なんだから、自分の本棚にもコレクションしたくないか?」

自分の家の本棚にはいらない

今のところ家の本棚に『死役所』はいりません。
それは、この作品のおもしろさとつながっています。

絵もいいし、物語もいい。けれども、2回目読みたいかと素直に質問してみると―― 
楽しんで読んだのですけれども、どこかしら疲労感がべったりとこびりついた「楽しさ」でした。

こびりついた疲労感とは

死役所の職員も、死役所を訪れる人たちも、みんな死んでいます。

漫画を作るために、漫画を読んでもらうために、漫画をおもしろくするために、多様な人間にいろいろなことを行わせ、いろいろことを考えさせ、いろいろな状況を作者がつくり出していきます。

すべて、生死の次元において。

命あるものに100%つきまとう一大イベントがこの作品の重要な場所を占めています。
当然、わたしにとっても深刻なものを垣間見させてくれる漫画でした。

読んでいる時間のところどころで、これらのフィクションの中の出来事を、もし自分の人生に生じたとすれば、もしこれまでに生じていたとすれば、というような、フィクションから刺激を受けて、さらに自分の妄想として再度フィクションを作り上げていくことも――

このあたりは作者の腕が一定の方面では優れている証拠です。
読書中に感情が起伏しました。だからこそ感情が疲れました。

悲しみというか、悲劇というか、そういったものを実際に創作していた作家、ジョルジュ・シムノンは以下のように考えました。

悲劇を見るのに、一度に二つも三つも見ることができないのと同じ理由です。純粋小説は読者が途中で読みさしにして、翌日までおいておくには、あまりに緊迫しているのです。(『作家の秘密』)

『死役所』は、ごく小さな、微細とまで言っていいようなサイズの短編悲劇を無数に繋ぎ合わせて、背後に控えた大きなひとつの物語を少しずつ浮き彫りにしていくかのようです。そして、その微細な短編のひとつひとつに深刻なドラマが埋めこまれています。

何時から読みはじめたのかは覚えていませんが、数時間で20以上の様々な悲劇を連続で見せられました。疲れて当然です。

どこかの雑誌で連載しているのとかどうかは知りませんが、毎回見どころをつくろうとすると、こういった構造になってしまいます。
雑誌で読む分にはうまくまとまっているのですけれども、集めて一気に読むと、ドラマが過剰で読んでいて疲れてしまいます。

仮にシェイクスピアの作品だと、同じ程度の読書時間で扱われている悲劇はどれくらいでしょうか。
『ハムレット』『オセロー』『マクベス』『リア王』――

描写も時代を重ねるにつれて、露骨になっています。そのあたりも読んでいて疲れる理由です。

象徴としての登場人物

登場人物たちの行動、思想、状況のすべてが、決して非現実的というわけではなく、むしろ実際にありそうなこと、あったようなことを取り上げています。それでいて、どこかしら登場人物たちのほとんどが、不自然な存在に感じました。

漫画ですので、描かれた人たちは本当の人間ではなく、あくまでも紙に書かれた絵です。不自然な存在であたりまえなんですが、物語を成立させるために、特に死役所の職員を読者が愛せるように、他の登場人物をすこし都合よく動かしているように感じる場面がありました。

おそらく描きたいものが、すべての登場人物の人生ではなかったのだと思います。
「ああ、この子を、こういうふうに動かしたんだ」と、少し雑に感じるというか、作者の求めるものを描くために犠牲になった登場人物が、ちらほらいるように思いました。

登場人物はあくまでも象徴として存在していて、作者の目的はそれらを積みかさねた上に出来上がっていくなにかなのかもしれません。

そのこと自体はまったく作品として欠点でもなんでもなく、作者の作品ですので、まったく問題がないわけです。勝手な妄想で、単なる趣味にすぎません。そこに漫画も含めた芸術のおもしろさがあります。

芸術のいいところはAさんにとっては宝物でも、Bさんにとっては無価値であっていいところです。そういう一面があるからこそ、人間は「芸術」を愛し、芸術活動は永遠に行われていくように思います。「芸術」に動かせない評価基準があったとすれば、とっくに廃れているかもしれません。

今回読んだのは8巻までですが、10巻くらいまで現在出ているみたいです。
主人公っぽいお兄さんに関連させている「なんとかの会」をどう処理するのか、それがうまくいくかどうかが、この作品の総合的な評価の大きな分かれ道かと――