あくまでも「ブログ」。

「芸術、お金、仕事」のことを書いています。「ハッピー・ライティング」を目指します。

お喰い初め

子どもが肺呼吸をはじめてから100日を過ごしました。お喰い初めという儀式をしました。形式というもののもっている力に、あらためて関心しました。

1.お喰い初め

特になにか力をいれるようなこともなく、昔からの型にのっかって、みんなで顔をあわせて、くだらない話をして、また、それぞれの日常にもどっていくだけですが、こういうものがあるから、人生とか毎日の生活とかに節目のようなものができ、家族やいろいろな人たちとも時間をつくりあって、集まったりできるのかもしれないなと、思いました。

近所の仕出し割烹に、子どものお喰い初め膳たのみ、大人は寿司の一人前桶等をたのみ、あとは、上生菓子などの和菓子を準備して、儀式をしました。

2.儀式への感謝

自分に子どもができるまでは、こういったことは、まったくしらなかっただけに、昔の人たちの心の豊かさを、しみじみと、感じました。あわただしいながらも、するするとすり抜けていく時間に、あえて節目をつくり、ひとつひとつの料理にも、思いや願いをこめ、あたらしい命を、家族みんなでお祝いしながら、成長を期待する――

若い時は、儀式なんてだいきらいだったのですが、歳をかさねるにつれて、そういったものの大切さが、そういったものがなければ、なにもできないのかもしれないなとか、ぼんやりと、遠い目になりました。

ささやかながらも、いい記念になりました。

くいぞめ【食い初め】生後一〇〇日か一二〇日目の赤んぼうに、はじめてめしを食べさせて成長を願う儀式。箸ぞめ。昔の百日の祝いにあたる。(角川必携国語辞典)


ご自身で料理を準備される方には、こういうものもあります。わたしも買いましたが、料理の準備が間に合わず、離乳食用の食器にまわすことにしました。