あくまでも「ブログ」。

「芸術、お金、仕事」のことを書いています。「ハッピー・ライティング」を目指します。

お喰い初め|形式の力

子どもが肺呼吸をはじめてから100日、お喰い初めという儀式をしました。
形式の力をあらためて感じました。

お喰い初め

特になにかに力をいれるようなこともなく、昔からの型にのっからせてもらいながら、家族で顔をあわせ、くだらない話をして、また、それぞれの日常にもどっていくだけのことですが、
こういう文化、慣習のおかげで、人生とか毎日の生活とかに節目のようなものができ、家族やいろいろな人たちとも時間をつくりあって、集まったりできるのかもしれないと思いました。

近所の仕出し割烹に、子どものお喰い初め膳たのみ、大人は寿司の一人前桶等をたのみ、あとは、上生菓子などの和菓子を準備して、儀式をしました。

儀式への感謝

昔の人たちの心の豊かさをしみじみと感じました。
あわただしいながらもするするとすり抜けていく時間に、あえて節目をつくりひとつひとつの料理にも思いや願いをこめ、あたらしい命を家族みんなでお祝いしながら成長を期待する――

若い時は儀式なんてだいきらいだったのですが、歳をかさねるにつれてそういったものの大切さが、そういったものがなければ、結局のところなにもできないのかもしれないなとか、ぼんやりと遠い目になりました。

ささやかながらも、いい記念になりました。

くいぞめ【食い初め】生後一〇〇日か一二〇日目の赤んぼうに、はじめてめしを食べさせて成長を願う儀式。箸ぞめ。昔の百日の祝いにあたる。(角川必携国語辞典)

ご自身で料理を準備される方には、こういうものもあります。わたしも買いましたが、料理の準備が間に合わず、離乳食用の食器にまわすことにしました。